デラシネ・リゾーム Déraciné Rhizome

 人の「移動」「居住」をテーマにしたorangcosongの様々なリサーチやクリエイションを、ヨーロッパの複数の都市(デュッセルドルフ、ビルバオ、ミラノ、ニコシア等)で継続的に実施することで、並行的・複合的な滞在制作のサイクルを実現し、持続可能なモデルとして提示する。

「デラシネ・リゾーム(Déraciné Rhizome)」のイメージについて

 orangcosongは、この「デラシネ・リゾーム」プロジェクトにおいて、あるひとつの都市で単発で作品を発表するのではなく、各地の劇場や美術館や文化機関と継続してコミュニケーションをとりながら、いくつかの創作プロセスを複数年にわたって遂行していくことを目指している。例えば、2023年にすでに『筆談会』を行ったビルバオでは、2024年に『演劇クエスト』の滞在リサーチをし、2025年にはその完成した作品を上演する。それと並行してデュッセルドルフなど他の都市でも、別の創作プロセスを実現していく……といった具合に。いずれのプロセスも、アーティストも含めた現地在住の人々が関わる余地が大きいため、彼らとの関係もまた、この並行的な時間の中で継続されていくことになる。

 このような並行的・複合的な滞在制作のサイクルは、近年特にヨーロッパで問題化されている気候変動への応答としても有効だと考えている。大部分が陸続きのヨーロッパとは異なり、例えば東アジア・東南アジアでの交流には海を越えた渡航が不可欠であり、ヨーロッパにおける気候変動への自制的な意識の高まりが、アジア(と)の文化交流を否定するものにならないよう、バランスを見出していく必要はある。とはいえ、単発の作品上演のために飛行機を使って大陸間を行き来するのは環境負荷が高いのも事実だし、仮にツアー公演可能なプロダクションを編成できたとしても、大所帯になればそれはそれで負荷は高く、そもそもフットワークが重くなる。実績や知名度のない若手アーティストの実験的な作品が、簡単には招聘されなくなるということも起こりうる(起きている)のかもしれない。ではどうすればいいのか?

 orangcosongはそのひとつの回答として、複数のリサーチとクリエイションを同時並行的に組み合わせる。そしてその結果として生まれていく循環型のエコシステムを、持続可能な滞在制作のモデルとして示したい。

 作品を発表するだけでなく、創作やリサーチの現場を共にすることで、人と人、あるいは人と組織との関係が、時間をかけて育まれる。摩擦やすれ違いを生みながらも、その背景にある文化的差異を理解しようと努めながら、じわじわとお互いのことを知っていくプロセスとなるだろう。そうして育まれた有機的な関係は、その時々の場当たり的なマーケットの欲望に簡単に消費されるものではないはずだ。そしてそのような信頼関係を、orangcosongは誰か少数が占有するような特権的人脈として構築するのではなく、よりオープンで、誰にもその先が予測できないような、裾野の見えないリゾーム型のネットワークとしてひらいていく。

 プロジェクトタイトルの「デラシネ・リゾーム(Déraciné Rhizome)」は、そのような持続可能な循環型エコシステムをイメージして名付けられている。「持続可能性(sustainability)」も「循環(circulation)」も「エコシステム(ecosystem)」も昨今流行りのキーワードではあるけれど、浮ついた概念としてではなく、ひとりひとりの地に足のついた活動と紐付けていきたい。

 このプロジェクトにおける各地でのリサーチやクリエイションにおいて、orangcosongは、「Déraciné(根無草)」とも呼ばれうる人々 ── 本人たちはそのように自認していないかもしれないが ── つまり、みずからの根っこ(ルーツ)を生まれ育った土地から引き抜いた経験を持つ人々にフォーカスする。とりわけ、広い意味での「アーティスト」として生きている人たちに、焦点を当てる。ヨーロッパ各地に散らばって生きている彼らひとりひとりと会い、その「移動」「居住」についてのイメージを(物語の搾取にならないよう充分に注意して)採集し再編集することで、やがて蓄積していくであろう断片的なリアリティの集積を、ここではあえて「Rhizome(地下茎)」として意識してみたい。リゾームという概念は思想家のドゥルーズ=ガタリによって40年以上も前に示された古い言葉ではあるけれど、私たちorangcosongはそのイメージを援用することによって、泥まみれになりながらも新しい土地に根を下ろし、その異郷に適応し、侵食し、侵食され、それでもどっこい生きている……そんなたくましい「アーティスト」たちの記憶の集積ネットワークを想像してみたい。そしてこのようなイメージを共有することによって、さきほど述べたような循環型エコシステムを、流行りのテーマやアーティストを次々に消費するのとは異なるような、他者への想像力をともなったリゾーム型のネットワークへと育てていく。

 最後に付け加えておきたいのは、「デラシネ・リゾーム」が海を越えて別の大陸にまで繋がりを見い出すのは簡単ではないということ。異文化交流の継続や相互理解の難しさに比べると、偏見や差別や分断は簡単にひろがり蔓延していく。相互不信と軽蔑と敵視とが進み、他人を愛せなくなった人類は、やがて滅ぶ運命にあるのかもしれない。でも生きている以上は、ただ滅びに身を委ねるわけにもいかず、せめて何か面白いことをやってみたいし、他人を消費したり搾取したり攻撃したりするのではない、より健やかで優しい人と人との関係を育みたい。とりあえずは、世界に散らばっているひとつひとつの異なるリアリティの断片を、丁寧に、地道に、時にはアクロバティックに、繋げていくしかないようにも思う。そして、少なくとも海は越えないといけないと思う。

 そのための触媒となるにあたって、orangcosongはその内部にもリゾーム型のネットワークを取り入れようと試みる。具体的には、下記リンク先のページに記すように、アソシエイト・メンバーを公募する。

https://orangcosong.com/jp/news/associate-member/

2023年10月5日 orangcosong(住吉山実里+藤原ちから)